~さん、って呼ばれたくない!
多様なまなびガーディアンうっし~です。
弱冠唐突な感じですが、本日は
子どもたちとのかかわり方
「リスペクト」
ついて
私は自分のことをひろく皆さんに
「うっし~」と呼んでいただいています。
前に肩書きが入ることはありますが、基本的に
「うっし~と呼んでください!」
とお願いしています。
もちろんオトナの方でそう呼び難い方にまで強要する
つもりはありませんし、していません。
子どもたちにも同様で、子どもたちは初対面からそう
自己紹介すると可愛く 「うっし~」 と呼んでくれます。
「 うし!」 と呼ぶ子どもたちもいて、その場合は
小さい 「 っ 」 が足らね~って、子どもたちと
30分ぐらいそれだけで遊べるんですが、
その話は置いといて・・・
その際、学校教育の賜物なのでしょうか?
わざわざ
「~さん」
付けしてくれる子どもたちも少なくありません。
その場合、私は 「~さん」 無くていいよ、とお願いします。
心の距離感を私は非常に大事に思っていて、
呼び名で子どもたちとの距離感はあからさまに
変わります。ですから「先生!」と呼ばれるのも
大嫌いです。先生は役職です、私にとっては。
役職で子どもたちに関っている訳ではないので、
名前があるんだから名前で呼ぼう!呼ばれよう!
と思っています。
で、もちろん私がそう呼んで!っていう訳ですから、
子どもたちは大半素直に「うっし~」と呼んでくれるんですが、
これを先生たちが(スタッフ)、またわざわざ指摘して
「うっし~さん、でしょ!」
って言わせなおす場面が過去結構多いのです。
昨日もそうでした。(だから今書いてるんですけどね)
今宜野湾市内の児童ディでジャグリング講座を
やらせてもらっていて、そこでのことです。
先生たちの意図はわかるんです。
目上の人の名前には「~さん」付けで呼ぶのよ、
を子どもたちに教えたいんですよね。
わかるわかる。
でもそれ、私が子どもたちに頼んでそう呼んで
もらっているんですよ。もちろんそのスタッフの
方は、私がそうわざわざ子どもたちに言ってるの
知らないからなおしてくれたのだと思いますが。
子どもたちすぐに対応して「~さん」付けてましたが、
あ~あ・・・な私。
――――――――――――――――――――――
表面上に現れている形と本質的な リスペクト、
当然違います。
教育現場で、わかりやすいという理由で、
形から指導をしている、しやすい、のは理解します。
でも、伝えたいのは
「本質的なリスペクト」
じゃないんでしょうか?
もちろんスキルの一つとして身に付ける必要があるのは
わかりますが、「本質的なリスペクト」がわかっていない
状態で身に付けたスキルは、それこそただのスキル。
子どもたちへ伝えるものとして価値があるものだとは
私は思えないし、子どもたちと関るものとして、
子どもたちから「本質的なリスペクト」をもらえない
オトナは、その現場に居てはいけないと思うんです。
子どもたちは本能的にオトナを見抜きます。
リスペクトに値しないオトナの話は聞かないし、
そりゃ従わせようとしたって無理な話。
あなたのかかわり方は子どもたちから
「本質的なリスペクト」をもらえるように
なってますか?
「~さん」が無くても、リスペクトし合える関係
(私は無条件で子どもたちをリスペクトしています)
になれる努力は子どもたちにさせるんじゃなくて、
我々オトナの努力です。
「~さんでしょ?」問題で、
そんなことを思う「うっし~さん」
なのでした。
P.S
内容的に距離感についても言及しないと
中途半端な文章ですが、距離感についても
後日書きますね。
弱冠唐突な感じですが、本日は
子どもたちとのかかわり方
「リスペクト」
ついて
私は自分のことをひろく皆さんに
「うっし~」と呼んでいただいています。
前に肩書きが入ることはありますが、基本的に
「うっし~と呼んでください!」
とお願いしています。
もちろんオトナの方でそう呼び難い方にまで強要する
つもりはありませんし、していません。
子どもたちにも同様で、子どもたちは初対面からそう
自己紹介すると可愛く 「うっし~」 と呼んでくれます。
「 うし!」 と呼ぶ子どもたちもいて、その場合は
小さい 「 っ 」 が足らね~って、子どもたちと
30分ぐらいそれだけで遊べるんですが、
その話は置いといて・・・
その際、学校教育の賜物なのでしょうか?
わざわざ
「~さん」
付けしてくれる子どもたちも少なくありません。
その場合、私は 「~さん」 無くていいよ、とお願いします。
心の距離感を私は非常に大事に思っていて、
呼び名で子どもたちとの距離感はあからさまに
変わります。ですから「先生!」と呼ばれるのも
大嫌いです。先生は役職です、私にとっては。
役職で子どもたちに関っている訳ではないので、
名前があるんだから名前で呼ぼう!呼ばれよう!
と思っています。
で、もちろん私がそう呼んで!っていう訳ですから、
子どもたちは大半素直に「うっし~」と呼んでくれるんですが、
これを先生たちが(スタッフ)、またわざわざ指摘して
「うっし~さん、でしょ!」
って言わせなおす場面が過去結構多いのです。
昨日もそうでした。(だから今書いてるんですけどね)
今宜野湾市内の児童ディでジャグリング講座を
やらせてもらっていて、そこでのことです。
先生たちの意図はわかるんです。
目上の人の名前には「~さん」付けで呼ぶのよ、
を子どもたちに教えたいんですよね。
わかるわかる。
でもそれ、私が子どもたちに頼んでそう呼んで
もらっているんですよ。もちろんそのスタッフの
方は、私がそうわざわざ子どもたちに言ってるの
知らないからなおしてくれたのだと思いますが。
子どもたちすぐに対応して「~さん」付けてましたが、
あ~あ・・・な私。
――――――――――――――――――――――
表面上に現れている形と本質的な リスペクト、
当然違います。
教育現場で、わかりやすいという理由で、
形から指導をしている、しやすい、のは理解します。
でも、伝えたいのは
「本質的なリスペクト」
じゃないんでしょうか?
もちろんスキルの一つとして身に付ける必要があるのは
わかりますが、「本質的なリスペクト」がわかっていない
状態で身に付けたスキルは、それこそただのスキル。
子どもたちへ伝えるものとして価値があるものだとは
私は思えないし、子どもたちと関るものとして、
子どもたちから「本質的なリスペクト」をもらえない
オトナは、その現場に居てはいけないと思うんです。
子どもたちは本能的にオトナを見抜きます。
リスペクトに値しないオトナの話は聞かないし、
そりゃ従わせようとしたって無理な話。
あなたのかかわり方は子どもたちから
「本質的なリスペクト」をもらえるように
なってますか?
「~さん」が無くても、リスペクトし合える関係
(私は無条件で子どもたちをリスペクトしています)
になれる努力は子どもたちにさせるんじゃなくて、
我々オトナの努力です。
「~さんでしょ?」問題で、
そんなことを思う「うっし~さん」
なのでした。
P.S
内容的に距離感についても言及しないと
中途半端な文章ですが、距離感についても
後日書きますね。
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